酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

わたしはふくろう

お題「愛用しているもの」

 

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わたしはときどき、心と体が引き剥がされてしまうような、自分が自分でないような気持ちになる時がある。それは例えるならば、「わたし」をというものをかたちづくっている自我そのものが、まるで幽体離脱をするかのように体からどこかへ飛んでいってしまうような感じだ。「わたし」を構成する、芯となるものが無くなってしまうと、残された体は行き場を失い、生きることを徐々にやめてしまいそうになる。そのうち、「わたし」自身がぽっかり無くなってしまって、「わたしが生きていた」という事実までこの世から去ってしまいそうで怖くなる。

 

そこで、「わたし」という大きすぎる観念を、なにか目に見えるもので表現し、どこかへ飛んでいきそうなふわふわとした「自我」を確たるものにしようとしてはじめたのもののひとつがこのブログである。心に渦巻く感情を文字に起こすことで、わたしが生きてきた日々が事実としてこの世に残る。まるで流れる濃い血のように、わたしの日々が活きてくる。わたしにとって文章を綴ることとは、生きている証を残すことと言っても過言ではない。このブログは、「わたし」の証である。

 

「わたし」の証はもうひとつある。「ふくろう」である。それはわたしのお気に入りの動物であり、わたしの信念や理想、スタイルを一言で表現するトレードマークのようなものだ。わたしは昔からふくろうが大好きで、ポーチの柄やブローチなどにしばしば好んで取り入れている。お財布、ペンケース、iPhoneケース、ペンダント、すべてふくろうが施されているし、お部屋には「ジュレップ」と名付けた白いふくろうの壁掛けを下げている。そして、しばしばふくろうと自分を重ねる。言ってみれば、わたしといえばふくろうなのだ。

 

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ふくろうは他の動物に比べて頚椎が多いのと、目があまり動かないために首がよく回る。したがって、目こそ動かないものの、非常に広い範囲を見渡すことができる。また、世界中で賢さの象徴として親しまれていることからも分かる通り、ふくろうは非常に賢い動物だ。彼らはその広い視野と高い身体能力、豊かな知能を駆使し、食物連鎖の頂点に君臨し続けているのだ。わたしも彼らのように、幅広い視野とまっすぐな賢明さを持って、常に向上して行きたいのである。大きな丸い目で物事をじっと見つめ、静かに真理を見極める。ときどき、首を傾げて周りを見渡し、知識を得続ける。わたしはそんな、小さくて目の大きな、ふわふわした、賢くて強いふくろうになりたいのだ。ちなみに、実は非常に小心者であるところも自分と重なってとても気に入っている。

 

そういう訳なので、ふくろうが側にいると、わたしが目指すべき場所が照らされるような気がして安心するのだ。わたしの分身として、生活の様々な場所にふくろうを施すのが大好きだ。わたしが目指すべきものはいつでもふくろうであり、わたしとはつまりふくろうなのである。