酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

女ひとり、心から

お題「ちょっとした贅沢」

 

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今日は通院している大学病院への定期検診の日だった。秋晴れのうろこ雲から光が射すが、気温は師走のようである。思わず黒い厚手のタートルネックニットを選んでしまう。黒色に負けないように、深い夜空のように輝く青のアイシャドウをぬった。思えば、例え行き先が病院でも、メイクやお洒落には絶対に気を抜かないというのがわたしの育った家での決まりというか、おおきな哲学であった。もちろん、強迫的に行うのではなく、主体的に楽しんで行うのが前提だ。身だしなみは人間らしく人生を送るための基本なのである。最寄りの駅へ向かうバスの中では、先週末に古本屋で買った田辺聖子氏の短編集「春情蛸の足」を読んで過ごした。秋らしいワインレッドのネイルと金色のリングが視界にちらつくたびに気分が良い。秋が好きだ。

 

以前にも何度か日記にしたことがあるが、わたしの通う大学病院はまさに大学病院らしく大きくて清潔で近代的なつくりをしている。そしてその横にはいくつもの薬局と、小綺麗なレストランがひとつある。今日はそこで天ぷら蕎麦を食べるためにいつもより早く家を出たのだ。はじめてここへ来た時にもそれを食べたのをよく覚えている。

 

このレストランはいつも流行っていて、病院に来た患者はもちろん、病院の職員と思われる人や、ひとりでゆっくりと過ごしている人なんかも少なくない。たくさんの食事をする人たちが、昼時のレストランにふさわしい空間をつくっていた。エプロン姿の店員のおばさん達は、せわしなく、かつてきぱきと行ったり来たりしていた。ちなみに、わたしはひどく内気で小心者なので、レストランで手を挙げ大きな声で「すいまーせん!」と注文を頼む工程が大嫌いである。そのため、いつも蚊の飛ぶような小さな声で、声をかけようかどうしようか、あぁどうしよう…そうまごまごしているうちに店員さんは厨房へ、という具合だ。だからチェーン店に多いボタン式の注文制度の方が好きなのだが、あいにく今日はボタンはなかった。勇気を振り絞って手を挙げた。

 

そうこうしているうちに、お蕎麦はあっという間に届いた。ここで食事をするのは実に半年以上ぶりである。

 

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水でしっかり締められた、ツヤのあるお蕎麦が陽に当たりみずみずしく輝いている。いくつもの天ぷらたちは適度な油でカラッと揚がり、それぞれが寄り添うように積み重なっている。うっすらと赤い身の透けた大きな海老、先の丸っこい茄子、紅葉のような鮮やかな色のかぼちゃ、小ぶりだが厚みのあるイカ、そしていちばん上に彩りをつくる大葉の明るい黄緑。何を隠そう、冷たいざる蕎麦が大好きなのだ。完璧に整ったお盆の上の情景をしっかり目で楽しんだあと、薄めの麺つゆに薬味とわさびをたっぷり混ぜ、お蕎麦と天ぷらを交互にいただいた。

 

わたしにとって食が特別な意味合いを持つことはひとつ前の記事に長々と綴ったが(食について - 酒処 はちわれ)、わたしは特に人と食を楽しむことが好きである。なので、普段外食といえば誰かしらお供がいるのがほとんどだ。しかし、ツルツルとしたお蕎麦の歯ざわりやイカの天ぷらのモチモチの歯ごたえを噛み締めたとき、ひとりでゆっくり食べるというのも良いものだなあ、と心からしみじみ思った。料理とそれをつくった人へ敬意をを払いながら、お盆いっぱいの料理と正面から向き合い、お皿の色かたちに美しい彩りや香り、もわもわと湧き出る湯気の様子などを心ゆくまで楽しむ。それからゆっくりゆっくり、誰にも邪魔されたり急かされたりすることなく、時間をかけてその複雑な要素すべてを余すことなく味わいつくすのだ。お蕎麦を食べ終えたあとの私は満ちたりていて、心から幸せだった。隣のテーブルにもひとり、まるで愛おしそうに器に手を添えカツ丼を食べる綺麗なスーツ姿の女性がいた。その女性は、今わたしのなかに生まれたこの贅沢を、既に知っていたようであった。時間をかけていかにも美味しそうに頬張るその姿を見て、今日はここへ来て本当によかったな、と確信したのだった。

 

診察はいつも通りだった。通院期間も2週間ごとから3週間ごとへ延びたし、診察時間もずいぶんと短くなった。その短い時間の間にでも主治医は固く眉を寄せて、いろんなことに考えを巡らせているのがよくわかる。わたしのことを「治そう」としてくれているのが伝わってきて、いつも感謝の気持ちでいっぱいになる。このまま快調へ向かうことを願う。そしてこれから、もっとたくさんのおいしい贅沢に出会い、舌と心の豊かな女になれることを祈って、今日の日記はここまでとする。