酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

聞いてよ、金木犀

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つい先日、わたしは5年住んでいるお花の多い綺麗な住宅街に帰ってきた。ここ2か月は、用事で別の市に住んでいた。そのアパートはここよりもずいぶん広く綺麗で、立地が良かったから住み心地は抜群だった。それに、「住めば都」というのは本当にあって、2か月もそこで生活をしていたし、その間はいろんな人に触れ合ったから、引っ越す瞬間はとても寂しかった。もう、あそこで日の出を見たり、遠くから香る潮風をかいだり、自転車の上で田んぼに映る夕陽を見届けることはない。明るく愉快で暖かいあのひとに会うことも、もうない。そう考えると、文字通り胸の奥がキュッとする。2か月はあっという間で、まるで夢をみていたようだった。

 

しかしながら、わたしはこのせまくて古い木造のアパートが大好きなのだ。帰ってきて改めてそう感じる。仮にも5年住んでいるし、何よりこの街には緑が多い。前のアパートの唯一の欠点はそこだった。アパートの前の畑にポツンとひまわりやペチュニア、申し訳なさそうにほんの少しだけツユクサが咲いていただけで、あとはコンクリートの集まりだ。わたしにとって季節の自然を愛でることは優先度の高い行為であるから、とても心細かった。それに、わたしが毎年なによりも楽しみにしている花が金木犀で、あの美しくて色気のある香りが今年はついに嗅げないのかと本当に焦った。なぜなら、金木犀の木が一本たりとも生えていなかったからだ。わたしは、あの香りを嗅いで心が満たされる何とも言いがたいその瞬間を、毎年毎年心から楽しみにしている(同じ人は多いだろう)。少し冷たい澄んだ空気の中で、あの香りをからだいっぱいに吸い込めば、たちまち心は笑い、そして、これから来たる寒さや日の短さを想って切なくなる。切なさとは、例えば怖いのになぜか観たくなってしまうホラー映画なんかと一緒で、人は、胸がつっかえて苦しくなっても何度でも切なさを欲するものだ。怖いけど面白い、辛いけどおいしい、苦しいけど楽しい、切ないけど、良い。秋のうろこ雲と金木犀の香りの組み合わせほど切ないものはないが、何度見ても良いものだ(さらにスピッツを聴きながら街を歩けば、なお切なくて良い)。

 

話を戻すと、この街には至る所に金木犀の木が植えてある。アパートのすぐ横には遊歩道が伸びているのだが、その遊歩道じゅうにあの香りが満ちている。だから、この街に帰ってきて金木犀の香りを嗅ぎ、切なくなれたことが本当に嬉しい。この2か月間色んなことをやりきったけれど、今年はもう嗅げないかもしれない、それだけが心残りだったから。やっとわたしの中で秋がはじまったと言っても良い。

 

もし、お花が言葉をわかるなら、金木犀にこう言いたい。金木犀よ、あなただけには、ただそこに立っていて、いつも動かないでいてほしい。何でもないようなふとした時や、心が泣いているような時でも、いつでもちらっと見上げればそこにあなたがいてほしい。何もしなくて良い。ただその香りを漂わせるだけで良いから、いつもわたしをみていてほしい。反面、あなたがいると、とても切ない。あなたの香りは間違いなく美しいから、その完璧さに悲しくなる。それでも、わたしはあなたを欲してしまう。毎年、秋にしか逢えないけれど、切ないけれど、それが本当に心を素敵な色に染め上げるから。だから、いつまでも、その香りを変えずにただそこにいてほしい。