酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

生活をゴミ箱へ

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朝早く起きる。コーヒーを入れる。スマホをのぞく。お弁当の支度をする。シンプルなお洋服に着替えて、髪の毛をお団子に結い、顔を洗って化粧水を塗る。乳液もコットンで優しく塗る。歯を磨く。ファンデーションとうすい口紅だけの、簡単なお化粧をする。リュックを背負い、家の鍵を閉める。自転車に乗って、医療を勉強中のとある施設へ向かう。ここまでは毎日同じだけど、施設でのわたしは、日によって全く違う行動をする。17時頃、施設の中の小綺麗な控え室にある、せまいテーブルの上でわたしはそわそわしはじめて、17時半には身支度をしてみんな帰宅する。自転車を漕ぎながら田んぼに映る夕焼け空を眺めて、気がつけば自宅に着いていて、自転車をアパートにとめる。鍵を開けて、リュックを置いて、お弁当を放り投げて、わたしはベッドに大の字に倒れる。それから、エプロンを被り、簡単な料理をする。パスタ、お蕎麦、炒めもの。エプロンはそのままで、自炊した料理を静かに味わう。エプロンを脱ぎ、またベッドに倒れる。大好きな田辺聖子氏の「星を撒く」を開く。1時間半くらいだらだら過ごす。それから、いきなりよし!っと立ち上がり、眠気を払ってお風呂に入る。わたしにとってお風呂は特別な時間だ。この時間は大切にしたい。30分くらい湯船に浸かった後は、1日の中で1番ぐらいに嫌いなドライヤー作業をひたすら行う。わたしは髪の毛が長くて多いから大変なのだ。いつもこの時間だけは苦痛だ。全てが終わったら、セントジョンズワートカモミールのお茶を淹れて、塗り絵や絵画をして過ごす。アナスイのパウダーを顔に塗る。すると、バラの香りとともにふわっとした眠気が襲ってくるので、わたしは1日を終えて夢の中でしばし遊ぶ。そして、また朝が来る。健康的で、規則的な、正しい生活。生活もして、勉強もして、何も間違いのない生活。正しいことは、良いことだ。疑う余地もなく、良いことだ。わたしはきっと何も間違っていないし、この生活なら、この世に存在していることを許される気がする。小さいけれど社会の仕組みの一員として認めてもらえる気がする。なのに、この生活は間違いなく良いことなのに、わたしは何かに気がついてしまって、突然ゴミ箱へゴミを投げ捨てるように、全てを取っ払ってしまいたくなる時がある。何かを日々ごまかして、無理やり正しい生活を演じているのを、やめたくなる時がある。勉学も、文学も、着飾ることも、なにかを作ることも、人と人との関わり合いも、なにもかも本当は誰かが嘘を塗り固めたものに思えてきて、生活する意味を見失う時がある。生活することをやめていた時もある。ほぼ、死んでいるのと同じだった時。あの頃には戻りたくないけど、なぜ戻りたくないのかはわからない。目指す先には何もなく、死が待っているだけなのをわたしは知っているのに、まるでそうではないかのようにわざと振舞って毎日を過ごしている。それに気づいたらいけないことをなんとなく知っているからかもしれない。でも、とりあえずわたしは正しい生活を演じることをやめない。予感通り、目指す先が本当に死しかないとしても、それでも良い。それに早くから気がついてしまって、長い間を死んだと同じように過ごすなら、虚しさをなんでも良いからごまかして、生活を楽しむことを演じる毎日の方がよっぽど良い。