酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

利便さと引き換えに

わたしのiPhone7がここ2週間ずっと圏外だ。「圏外」の表示の隣には見たことのないビックリマークまで付いているし、極め付けには充電すらままならなくなってしまった。生粋の現代っ子のわたしには、大きな精神的ダメージだ。ちょっとした空き時間などには、寂しい空いた手が携帯を探してしまう。気にしなければいいのに、携帯のことで頭がいっぱいになって勝手にもやもやしてしまう。携帯が故障した時の焦燥感や不安はいつも慣れない。普段「冷静でいること」がモットーのわたしでも胃はキリキリ、心はイライラしてしまうのだった。

 

こういう時は悪いことが続くものだ。iPhoneの画面が割れているから、本来無償で交換してもらえるはずの修理代は高くつくし、バックアップはうまくいかないし、顔には蕁麻疹まで出ている。もう散々だ。唯一、ネイルがうまくできた。普段は必ず失敗するネイルだが、こういう時に限ってうまくいくのはなぜなのだろう?世の中には変な法則がある。

 

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昔は蒸気船がないので遠くへ行く手段が無かったが、蒸気船が生まれてからは利便性を得た代わりに、家族が遠くへ行ってしまうなどこれまでに存在しなかった余計な不安や悩み事が増えることになった。利便性を高めることは新しい不安を生むことと繋がっている、という趣旨の内容を、澁澤龍彦氏の「快楽主義の哲学」で読んだ。まさに今、それを実感している。そもそも携帯すらなければ、こんな思いをしなくて良いのだ。

 

いざ、携帯の機能しない生活をしてみて、わりとすぐ慣れるし、気が楽だというのが今の感想だ。ひとりでいたいとき、誰かからの連絡を気にして気が散ることもないし、そもそもネットと連絡が途絶えるので、他人やネット内の社会から距離を取り、ひさびさに「自分1人だけの空間」で生活をすることができた。他人の顔色を伺う煩わしさから解放されて、いつもは意味なくTwitterを覗いていた時間は思考を深める時間になった。つい最近読んだエッセイ集の内容を改めて考え直してみたり、お花の生態の謎について考えたりしていた。なんと有意義な生活なんだろう。こんな生活を続けていれば、いくらか賢くなれそうな気もするが、結局わたしは代替機を借りにいそいそと近所の電気屋に向かった。所詮、現代っ子スマホ世代。澁澤龍彦氏のような知的な人間には到底なれそうもない。早速、代替機からいつものようにネットに文章を綴るのだった。 

 

(19/07/08 追記: 結局、充電できなかったのは充電コードの交換で解決し、iPhoneはなんとひび割れしていたのに無償で交換してもらうことができた。人生ってこんなものだ。)