酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

真夜中に溶ける

わたしが幼い頃、我が家には猫がいた。おでこが黒くはちわれの、賢い子だった。わたしが生まれる前から、人なつっこいのにどこか不器用でぶっきらぼうで、本当は優しい、猫らしい猫が我が家にはいた。

 

目は鋭く、他者を寄せ付けない雰囲気に包まれているが、どこか優しい猫。独立していて、野性味溢れる、心が強い頼れる猫。かぼちゃと出汁とカスタードクリームが大好物の、変わり者の猫。一緒に過ごしたのはほとんどが赤ん坊の頃だったので記憶は薄いが、確かに分かるのは、わたしはこの猫が大好きだったということだ。愛想は悪いが、何も言わずともわたしのことを気にかけてくれていた。さりげなく側に座って見守ってくれていた。一緒の格好をして寝た。名前を呼ぶと返事をしてくれた。彼はわたしの自慢の兄だった。彼との思い出は少ないけれど、どんな映画のラストシーンよりも暖かい。彼の存在を思い浮かべるだけで、あふれる濃い血の色のような力強さを分けてもらえる。彼と過ごしたことが自慢だ。そんな存在がいることが、間違いなく人生においてなによりも誇れる勲章だ。

 

ふと彼を思い出して切なくなる時がある。彼の最後はしあわせなものではなかったと思うからだ。彼が夜空の星のすき間で、安らかに過ごせているかどうか心配になって泣きたくなる夜がかなしいと思う反面、愛おしいとも思うから、絵に描いて残しておきたかった。わたしが赤ん坊の頃から今の今まで大切にしている、彼の人形を真夜中に溶かした。この人形は、どこにでも連れて行った。一緒にいろんな景色を感じたし、わたしが泣いているときも笑っているときもじっと金色の目で見つめていてくれたし、ともに歳をとって毛玉をつくり汚れてきた彼の分身なのだ。彼がいなくなってからも、この人形がいてくれたおかげで寂しさに負けずに生きてこれた。人形の彼と見つめ合いながら、彼の空での幸せを祈り、このなんとも愛らしい顔をスケッチした。

 

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猫。

人の膝で勝手に丸くなって目を瞑るふてぶてしさ。毛づくろいのときの、柔らかく美しい手の動き。伸びをしたときの、まるで液体のようなからだの流れ。聞き耳をたてるときの二つの毛深い山。趣深い水墨画のようなたくさんの柄。箱を見つけると入らずにはいられない性。多くは語らないが、何重にも折り重なっている複雑な感情。大袈裟なことはせず、ただ側にいてくれる大きな優しさ。全てを見据えた鋭い眼光。

猫。

なぜ、こんなにも猫は人間を惹きつけるのだろう?