酒処 はちわれ

わたしの お酒のおつまみ

はいからさんが通る

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先日は国家試験の合格発表であった。そして、それに無事に合格することができた。ふっくらとつぼみが顔を覗かせている桜が、わたしにも咲いたのだ。ここ最近は暖かい陽気が続いていて気分が良かったのだが、まためっきり冷たい陽気に戻ってしまった。

 

5年かかることにはなったが、先日無事に大学を卒業することもできた。昨今の新型ウイルスの仕業で、卒業式や謝恩会は中止になってしまったが、頭の上がらないほどお世話になった先生方にゆっくりとお礼を言う機会はいただけたので良かった。わたしの人生を日記にするとしたら、この5年間はたくさん書くことが溢れている。

 

そんなこともあり、3月28日、土曜日の夕方は大学卒業記念に写真屋さんで写真撮影をしてもらうことになった。紫の矢絣模様の着物と、緑の伊達襟、からし色の帯、朱色の袴、黒いブーツを着せてもらった(その年代の方はすぐに気づくかもしれないが、これは「はいからさんが通る」の主人公の格好ほとんどそのままである。母親が大ファンで、是非この柄を、との要望がかねてからあったのだ)。

 

ヘアメイクや着付けはお店の方に施してもらったが、お顔のメイクだけは自分で行った。その理由には、追加料金に気が引けたこと、また、一生残るこの写真にいつものメイクで写ることで、23歳のわたしそのものを残したかったというのもあるし、〈メイクやファッションは少しくらい素人じみたところがあった方が自然体で美しい〉というわたしなりの美学などもあった。

 

わたしが思うに、世間やファッション業界が定義するような理想的なファッションやメイクが存在するのは、雑誌やショーの中だけで良い。完璧な造形のモデルさんが、完璧な身のこなしで、完璧なスタイルを披露する。特にショーなどは「魅せるためのそういうもの」であり、わたしが普段から施すようなファッションとは、はなからベクトルが違う。

 

わたしにとってのファッションやメイクとは、人に見せ、評価されるためのものではなく、自分を表現するアートだ。従って、アートが味を持つには、「人がつくった手作り感」が必要不可欠なのである。高い位置に結ったポニーテールに、短い産毛がピコンと立っているだとか、 片目だけアイシャドウが濃いだとか、よく見ると口紅にムラがあるだとか、絶妙に上下の服の色合いがミスマッチだとか、そういう「手作り感」がわたしのファッションには必要なのだ。わたしにとってのそれらは、サラダでいうドレッシングの上に更にかけるバジルのようなもので、個性的なわたしのファッションにより彩りを載せてくれるもの。側から見れば「あの人、ちょっと変ね」と言いたくなるくらいの塩梅こそが、わたしのスタイルなのだ。

 

女性に対し世間はやれ白くあれ、細くあれ、美しくあれと、とにかく型にはまるようにうるさい。だが、そんな事は耳で聞くだけにしておいて、わたしは世界中の産毛の立った、片目だけアイシャドウの濃い女性たちを愛おしく思う。世間がどうこうよりも、自分がなりたいものへと向かっていく。自分が持つ美しさを認め、自分を愛で、より本当の美しさに近づいていく。それは、顔の造形が女優さんにそっくりだとか、ポニーテールが漫画のように美しいとか、アイシャドウの塗り方が雑誌の見本そのもののようだとか、お洋服に流行りを事細かく取り入れているだとか、そういうものではない。それは至ってシンプルで、「自分は自分というだけで十分に美しい」と自らが悟っている、ただそれだけのことなのである。

 

一生一度の写真撮影だが、今わたしは人生で1番太っている。しかし、そんな事は気にも留めていない。なぜなら、わたしはわたしの美しさを知っていて、それをこれでもかと表現することができているからである。世間の目などはそこには全くと言って良いほど必要ないのだ。将来この写真を見返して、23歳のわたしの美しさと、その時の美しさを比べてみるのが楽しみだ。歳を取ることなど何も怖くない。わたしにあるのは美への恐怖などではなく、わたしはこれからどのように変化していくのか、どんなハイカラな女性に変化を遂げていくのか、ただただ楽しみな気持ちと、言葉は非常に悪いが、ルッキズムなどクソ喰らえ、という気持ちだけである。

黙祷

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先日の記事にも書いたのだが、夏頃からずっと下の階からの騒音に悩まされていた。ラジオの話し声と重低音は、普段温厚なわたしでも感情をあらわにせざるを得なかった。とうとう耐えられなくなり、2回も管理会社より警告文を出してもらう事態になった。すると、音楽は投函された日を境にぱったりと鳴らなくなった。わたしはそのことが、人生で3本の指に入るくらい嬉しかった。やっと当たり前の生活を取り戻したのだ。

 

「当たり前」といえば、〈当たり前が1番幸せ〉という台詞をよく耳にする。どこかの歌にもある通り、日本ではことわざのように浸透している哲学であろうと思う。当たり前の生活が疑うことなく続くのは、本当に奇跡だと思う。

 

9年前の今日、中学2年生のわたしは、今にも壊れそうな古い校舎でテストを受けていた。予告もなく受けさせられただけでなく、5教科を網羅した確認テストであったので、半ば回答を諦めていたのを覚えている。皆もそうで、机に突っ伏している学生もちらほら見られた。

 

テストも終わりが近づいてきたいつもの憂鬱な午後の陽だまりの中、急にテスト監督をしていた教師が声を挙げた。「何これ、変な音」みたいな事を焦った様子で急に言った。そして、聞いたことのない文字通り低くて大きな地鳴りが響き、教室が揺れだした。日本に住んでいると地震など慣れっこなので、わたしはまたすぐに収まるだろうと何とも思わなかった。だが、次の瞬間、横にぐらぐら(擬音では表現しきれない)と校舎が揺れはじめ、わたし達は座っていることもできなくなった。教師はすっかりパニックに陥り、わたし達も咄嗟に机の下に入ることなどできなかった。揺れは3、4分続いただろうか、おさまった頃には、わたしの頭は真っ白だった。卒業式が近づいていた春のことだった。

 

学生も教師も、全ての人間が校庭に避難した。海沿いに住むわたし達は、市民放送など鳴らなくても、〈津波が来るかもしれない〉ということは分かっていた。加えて、それは近年稀に見る大きさであろうことも分かっていた。男女関わらず、涙を流して震えることしかできなかった。中学校は高台にあるので、続々と避難者が到着していた。中には自分の子供を泣きながら探している保護者の姿もあった。

 

わたしの両親は共働きだったし、何より海のすぐ先に住む祖母のことと、流されてしまうかもしれない実家のことが気になってしまって、気づけばわたしの目にも涙が浮かんでいた。幸いなことに、祖母は車の運転ができるので、すぐに冷静に中学校へ避難をしていた。しかし、その頃は祖母もわたしも携帯電話を持っていなかったので、両親とは連絡がつかなかった。その夜は、暖房もつけず祖母と狭い軽自動車の中でラジオを流しながら過ごした。星空が瞬き、綺麗だった。〈当たり前に学校に通うこと〉〈毎日家に帰って家族と過ごすこと〉他にも数えきれない当たり前の日常が、死ぬ前に見る走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。ラジオから、東北が大きな被害を被ったことを知った。それを聞き、わたしは中学生なりに死ぬ覚悟をした。

 

夜はあけた。両親とも無事に落ち合い、なんとか実家の様子を伺うことができた。何もかもが崩れおち、わたしのお気に入りのミニチュアのお皿が真っ二つになっていた。お気に入りの窓からの景色は、どんよりとした煙とオレンジの炎が上がっている工場の様子を映していた。幸いにも、わたしの住む地域は津波の心配が無かった。震えながらいくつもの夜を過ごした。死んだ後のことや、数年前に死んだ知り合いのことなどを思い浮かべながら目を閉じていた。外に出てみると、見慣れている、廃れた商店街の道路は、漫画のようにぱっくりとヒビが入り、大きくうねって山のようなものができていた。わたしはそれを見たとき、泣くこともできなかった。このままこの街は終わりだと思った。ーーーーー

 

地元から離れた9年後の今、お気に入りの窓からの景色は、水平線からの日の出を映し、頻繁に携帯電話で家族と連絡を取り合ったり、道路を車で走ったり、星空を見上げ偶然に流れ星を見つけたりなどしている。あれ以来、(何度か未遂はあるが)本気で死ぬ覚悟をしたこともない。死ぬ覚悟のない夜が、当たり前に流れていく。未だ避難生活を強いられている方々が4万人ほどいると聞いた。それ関連のニュースを見たときや、この文章を書いている今も目には涙が浮かんでしまう。残酷なことに、またあの日が来てしまうことは運命として決まっている。あの日は必ず再び来る。当たり前の生活に感謝することはもちろんだが、国には固い防災に関する対策と、一日も早い被災者の復興のための活動を、一日も怠ることなく続けてほしいと強く願う。いち被災者として、あの夜の星空に想いを馳せつつ、黙祷する。

ブドウ糖は退屈

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いつもなら書きたい題材やそれを表現するための言葉が自然と出てくるのだが、最近はそれがない。文章を書くことは大好きなので、書きたい気持ちはあるのだが、なかなかいいテーマが思い浮かばない。どこかへ出かけたりもしていないし、これといって面白い出来事などもなかったから、余計に書くことがない。しかし、文章は書きたいので、今回は最近あったなんでもない小さな出来事たちを淡々と綴るだけの記事にしようと思う。

 

前回の記事でもある通り、先日国家試験があった。高校生のときの大学受験時はかなり緊張していたのを覚えているが、今回の試験ではさほど緊張せずに冷静に受けられたので良かった。昨今の新型ウイルスの影響で、9割5分がマスクをしていた。これはなかなか見れない光景だなあ、と呑気に思った。自己採点の結果、一応は合格点を超えることはできていたが、1ヶ月後の合格発表の日が怖い。

 

試験から帰ってきたら、H&Mで買ったお気に入りのピンクの腕時計(わたしは物に名前を付けるのが好きで、この時計は「カモミール」といった)の針が止まってしまっていた。これはなかなかショックだった。やはり安物はこういうところがある。社会人となってお金に余裕ができてきたら、少し良いものを買って長く使いたい。わたしの1番好きな季節の春も近いので、春らしい色合いの腕時計をまたH&Mなどに探しに行こうと思う。

 

全力で情熱を注いでいた国家試験が終わってしまってからというものの、心の炎が燃え尽きたとでも言うのだろうか、なんだか身体の力が抜けてしまっている。一日中勉強していたから、急にやることがなくなってしまって退屈だ。結局、何か手を動かしていたくてまた勉強をしてしまっている。 恐らく、もし再び国家試験を受けたとしたら、なかなか良い点数が取れるだろう。勉強中は、YouTubeでLo-fi hip hopやJazzのラジオを流すのが好きで、国家試験勉強中はかなりお世話になった。また、勉強には森永のラムネが必須であった。というのも、脳などの中枢神経はブドウ糖で栄養されている。この森永のラムネは90%がブドウ糖でできているので、理にかなって栄養補給ができるのである。実際にこれを何粒か食べると頭が冴える。森永のラムネにも大変お世話になった。

 

夏頃から続いているのだが、下の階からの騒音がかなりひどい。大きなラジオの話し声と音楽の重低音が、文字通り一日中響いているのだ。一度鳴り始めると半日はそれが続く。また、それが始まる時間は決まっておらず、深夜のときもあれば日中ずっと響いているときもある。耐えられなくなって、アパートの管理会社に思わず苦情を入れたが、改善しないので半ば諦めている。そろそろ就職で引っ越す予定であるし、もう慣れてしまってもいるのでなんとかやり過ごそうと思う。世の中には色々な人がいるとは常々思っていたのだが、常識の通じない人間もいるものなのだなあと心から思う。よくこの環境で勉強できていたな、とも思う。

 

就職といえば、今はまだ就職先を探している段階である。というのも、医療系、特にわたしが目指している職種は人手が足りておらず、いわゆる売り手市場なのである。なので、この時期でも余るほど求人があるのだ。大学の就職相談員に話を聞いたり、その方がくれた大量の医療機関のパンフレットを閲覧するなどしている。とはいえ、わたしは未だ病気からの回復段階にあり、体力や気力、症状の安定性なども向上途中にあるため、必ずしも4月1日から働くつもりではない。頭が上がらないほど常日頃お世話になっている大学の教授とも話し合い、余裕を持って5月ごろにでも就職できれば、という話になっている。今のわたしは障害者手帳が配布される程の重症度ではない、つまり障害者雇用が適応される程度の病状ではないので、一応は正社員で常勤、フルタイムで働くつもりではいる。しかしながら、無理そうだと判断したならば、早々に退職して他を当たるか、雇用形態を変更してもらうつもりでいる。わがままであることは十分承知しているが、また再燃するのは勘弁なので体調が最優先だ。今の日本社会では、病気を抱えながら就職をするのは本当に大変だと実感している。

 

最近はお茶に凝っている。もともと好きではあったのだが、毎日かなりの量を飲んでしまう。美味しいのはもちろんのこと、暖かいお茶を飲むと心が落ち着く。特にお気に入りはほうじ茶、玄米茶で、その次あたりに好きなのがアップルティー、紅茶、緑茶、梅こんぶ茶である。もちろんブラックコーヒーも大好きだ。キッチンはまるでカフェである。お茶というものはなんと優雅で良い文化なのだろうか。ポットや急須から、色々な柄のカップに注いで飲む一連の行為も美しい。もしも世界旅行に出かけた際はその国々のものをいただきたいし、これからもお茶を飲むことは習慣にしていきたい。

 

水曜日は病院であった。もう1年近く飲み続けている非定型向精神薬の一つ「エビリファイ」は本当によく効く。気分の波がちょうど良い塩梅になるし、生活を営むためのやる気が出てくる。エビリファイはわたしの心強い相棒だ。しかし、年末あたりから始まったいわゆる躁病相は未だ残っているようで、常になにかをしていたくてうずうずしているし、あまりお腹が減らず、少しくらい食事をしなくても平気である。とはいえ、夜はしっかり眠れているし、常識の範囲内で活動しているので、やはりエビリファイがよく効いているのだろう。また、1年近くお世話になった主治医が3月いっぱいで病院を去ってしまうらしい。この先生のお陰でだいぶ良くなったし、信頼していたので残念だ。だが、この方は本当に優秀な医師なので、様々なところでより活躍してほしいと願っている。

 

いつもはわたしが考えたことをまとめたような記事が多いのだが、単純な日記もまた楽しい。新型ウイルスがこれ以上猛威を振るわないことを願い、今日の記事はここまでとする。

生き血を飲む

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にこやかに太陽がのぞく2月23日の日曜日、わたしはとある用事のために都内に出向いた。とある用事というのは、人生を左右する大切な試験、いわゆる国家試験のことである。

 

会場の大きな大学までの道は、東京によく見る、昔からあるような細い商店街になっていて、八百屋には早くから人だかりができていた。みかんが破格の値段で売られていて、試験さえなければ手を伸ばしていたところだった。わたしは、このような商店街や移りゆく人々の流れを眺めたり、住宅街の中を歩いて洗濯物の揺らぎを感じたりして、「人々の生活」を覗き見るのがとても好きだ(決して変な意味ではない)。街を歩いていると、人々が営む、全ての複雑だけど本当はただの繰り返し作業でしかない「生活」という虚しいものが、途端に意味を持ち愛おしく感じられる。例に漏れず、わたしも普段は何の意味もない繰り返し作業に没頭する何の意味も持たないただの肉の塊であるのだが、この日のわたしは、「国家試験を受ける受験生」という特別な意義を持って存在していた。

 

とはいうものの、今日この日までの道のりは、心の底から「繰り返しの毎日」であった。何度も同じ設問と睨み合い、何度も同じ文章を読み、同じページを開き、目を閉じて考える。しばらくは、朝から晩までひたすらその生活だった。何度か前の記事に書いたのだが、ゴールの見えない「繰り返し作業」は本当に気が遠くなる。どこまで歩けば良いのか分からず不安のまま生き続けることになるのは、単刀直入につらい。気がつけば、糸の繋がった操り人形のように「不安」というものに身体を乗っ取られてしまうことも少なくない。そんなに長くは生きてきていないのだが、自身の人生を振り返ってみると、そんな場面がいくつもいくつもある。わたしは元来、強迫的であったり悲観的であったりする部分があるので、このような勝負場面に滅法弱い。

 

しかし、今回の勝負では、「不安」はわたしを操ることはしなかった。操り人形の糸は垂れたまま動かなかった。「不安」は常に背中合わせではいるものの、わたしは上手く気づかぬふりをしてみせ、奴の気をそらし続けることに成功した。それは、わたしの信頼する親友が繰り返してくれた、『あなたなら絶対に何とかなる』という、どこにも確信のない、なのに力強いこのありふれた言葉のおかげである。

 

この謳い文句は、比較的世間にありふれている。どこかで聞いたことがある。確かに、これを口にすると心なしか少し安堵できる気がする。だが、わたしからしてみれば、それは直面的な対処療法でしかなかった。わたしは強迫的な面に加えて、理屈っぽいところもあるので、〈そんな根拠もない幻想なんて信じられない、先が見えない以上は不安にとらわれるしかないのだ〉といった具合だった。しかし、これは単なる対処療法ではなかった。これは、『よくわかないけど、とりあえずなんとかなる』なのではなくて、『事実として今これだけ頑張ったのだから、どちらに転ぼうがなんとかなるはずだ』だったのだ。

 

夏に帰省したとき、親戚が言ってくれた『焦るのが1番良くない。焦っても何も良いことがないよ』という言葉を思い返しながら試験を受けていた。わたしは病気を罹ったために人よりも人生のペースが遅れてしまってから、ずっと焦燥していた。たった一拍、「普通」だとされる人生のメトロノームからずれてしまっただけなのに、それだけで失ってしまうものもあった。春から夏の間は、それらはいけないことなのだと、自分を責めては崖の淵に立って下を向いていることが多かったように思う。

 

それでも、この大学生活を振り返ってみると、たくさんの有意義な学びをしてきたと胸をはって言えると思う。無意味に毎日を繰り返していただけではなく、色々なことを見たり聞いたりしたと心から思う。それに加えて、未だにわたしを気にかけてくれる素晴らしい心の持ち主の友人たちにも出会うことができた。わたしは、世間が言う「良い大学」には行けていないし、「良い成績」も取れていないけれど、学んできた中身は血のように濃かったと、卒業を目の前にして感じている。焦るのを一旦やめて、この5年間を振り返ったとき、「なんとかなる」の意味が分かった。これだけ学んできたのだから、きっとわたしなら、どう転がってもなんとかできるはずなのだ。気がつけば友人の言葉はわたしの心の中で強い自信になっていた。

 

わたしはまだ若い。何も焦ることなどない。わたしはまだまだ学べるし、まだまだ視野を広げることができる。わたしはまだ頭が柔らかい。あんなにも知らないことがたくさんある。こんなにも感謝したい人たちがたくさんいる。これだけやってきたのなら、どちらに転ぼうがなんとかなる。それが人生であり、若いということである。不安など見向きもせず、今はひたすら学び続けるだけなのである。わたしだけは例外だと思っていたけれど、若いということは可能性だったのだと、やっと気がつくことができた。そんな2月の終わりだった。

みんなただの塊

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わたしの人生は、よく使われる表現をすれば「ジェットコースター」のようなものだ。キラキラ光る水面のように生活が輝き出したと思ったら、ジェットコースターが山を越えおわり水面の水が引いていく。その繰り返しを生きている。

 

今はどうなのかというと、ちゃんと水面に水が張っている。それだけではなく、水は溢れるほど張っていて、太陽に照らされて眩しいほどに輝いている。目にうつる全てのものは鮮やかさを増し、わたしの足取りは小石のように軽い。

 

側から見れば、一見それは良いことのように見える。実際に、人生が楽しいのならそれに越したことはないだろう。しかしこの「人生の楽しさ」は、本来の「楽しさ」から一線を越えている。わたしの頭の中には次々と考えが溢れ、それを口から出さずにはいられなくなり、息継ぎもせずに何時間と話し続ける。身体は軽いが、同時にむずむずと虫が這うようにうずき、居ても立っても居られずに、眠りもせずに何かに没頭する。知らない間に20枚ほどイラストを描き終えている。10時間以上勉強している。また、「眠りもせずに」とは文字通り「一睡もしない」ということである。なのに、これだけ動き回っても眠気は来ない。腹も減ることはない。この「楽しさ」はどこまでも走り続け、気がつけば身体も精神もエネルギーを酷使しているのだ。

 

その「楽しさ」はいつまでも続かない。一定の期間は持続するが、前兆もなくいきなり水面の水が干からびていく。キラキラと鮮やかだった世界は灰色に濁り、鋭く聞こえていた全ての音たちはほとんど聞こえなくなる。顔から表情が消え、心からもろうそくの炎に息を吹いたときのように感情が消えていく。身体は四肢に重りを付けられたように重くなり、動きは鈍くなり、しまいにはベッドから這い出せなくなる。唯一「悲しみ」の感情だけが残っている。創作意欲にあふれていたわたしの頭の中は、それに支配されて何も考えられなくなる。それが2ヶ月も3ヶ月も続く。それらの繰り返しの人生である。

 

だが、その繰り返しをやわらげてくれる救世主がいる。溢れ落ちそうな感情たちを受け止めてくれる、お皿のような白くて丸い「薬」である。こんなにも小さなものなのに、その効果は絶大なのだ。この小さな錠剤が水面に溶け始めると、みるみるジェットコースターの線路に山が消えて平坦になる。水面の水量は溢れも干からびもしなくなる。世界は人々が見ているのと同じくらいの輝き方をし、適度な活動ができるようになる。「楽しさ」と「悲しさ」が一線を越えなくなるのだ。しかし、この絶大な効果を妨げるものも存在する。「世間の偏見」である。

 

『精神科に行ったら薬漬けにされるよ』

『精神薬なんて怖いもの、飲まないほうがいいよ』

『気の持ちようだよ』

『あなたより辛い人もいるよ』ーーーー

 

わたしたちのこの「一線を越えた状態」は、まだまだ世間からすれば『ただの甘え』なのだろうし、『かわいそうだと思われたいだけのアピール』なのだろう。精神科とは恐ろしい場所で、精神薬とは麻薬と同じようなものなのだろう。しかし、これらは普通の風邪のようなもの(この表現は苦手だが他に思い当たる言葉がないので仕方なく使う)だし、精神科は風邪を引いたときにかかる内科などと似たようなものだし、精神薬とは例えば有名な「ロキソニン」のように、症状に対するありふれた薬と同じだし、これらは皆が当たり前のように抱えている病気やそれに対する薬の一つや二つに過ぎない。風邪を引いたことのない人がいないように、わたしたちのような人間はそこらじゅうに溢れかえっているのだ。

 

わたしたちは、車椅子に乗っているわけでもなければ、杖をついておぼつかない歩きをしているわけでもない(もちろんそういう方々もいる)。外見は健常者そのものである。わたしたちの「一線を越えたもの」たちは、目で見ることができないのだ。だから、目に見えるものは分かりやすいから、人々は彼らを『かわいそうだ』と哀れんだりする。目に見えないわたしたちには、よく分からないから『狂人』『甘えてる人』、より低俗な言葉を使えば『メンヘラ』と間違った解釈を持ったりする。しかし、先述の通り、目に見える人も見えない人も、皆と同じように〈風邪や慢性的な腹痛などを抱えているのと同じ〉に過ぎないのだ。良かれと思っても哀れみを持ったり、特別に優しく接したり、偏見を持ったりするのは、「彼らを自分たちとは違う存在であると特別視している」ことにしかならないのだ。

 

わたしたちは、生まれたときからただの「人間」というカテゴリーに文類される哺乳類に過ぎず、顔の表面や生殖器の造りや、四肢の数や、脳の神経伝達物質の伝わり方が違うだけ(賛否評論あるが)であって、皮を剥いでしまえば同じような造りの筋肉や骨の塊でしかない。いわゆる価値観や性格などは、後天的に筋肉の塊に装飾されたもの以外の何者でもなく、その根本にあるものは皆似たようなものなのだ。皆女から同じ構造をして生まれ、「生きること」を無意識に行なっているただの動物なのだ。後天的なものに惑わされるのは、表面だけしか見ていない思慮の浅い人間だ。

 

じゃあ、何が正解なのだろうか。答えは至って簡単である。わたしたちにも「普通に接する」だけだ。風邪をひいた人にいちいち『薬なんて怖いもの飲まないほうが良いよ』『気の持ちようだよ』『あなたより辛い人もいるよ』なんて陳腐な言葉を投げかけないのと同じように、ただ何もせずに普通にそこにいれば良いだけだ。なぜなら、全ての人間は筋肉と骨の塊であり、無意識に生きているだけであり、その中に特別な人間など存在するはずがないからだ。

 

わたしたちは、皆女から生まれてきた肉の塊だ。身体の表面や脳の少しの違いは、工夫でどうにでもなる。その工夫を、我々は考え続けなければならない。そしてそれは、無意識にただ生きていた人生に、意識的な、随意的な、大きな動きを与えてくれるはずだ。

プリンセスから紐解く「女性」④

前回の記事では、「アラジン」のプリンセス・ジャスミンを深く考察し、ディズニーによるポリコレの始まりを見てきた。今回は、続編が絶賛公開中である「アナと雪の女王」を考察していく。今回は「女性像」というよりは、現代の課題である「多様性」という観点が重要になってくる。また、前回同様この記事は非常に長くなる。そして、これから記述することはあくまで映画に対する考察であり、私の仮定に過ぎず、一意見でしかなく、深く考えすぎだとも言えるということをご了承いただきたい。

 

注)歴代のディズニープリンセス

ディズニープリンセス - Wikipedia

アナと雪の女王

アナと雪の女王 - Wikipedia

 

エルサの「氷の魔法」

社会的現象にもなった2013年の大ヒット作品「アナと雪の女王」。そのプリンセスは言わずもがな「エルサ」と「アナ」である。今回は「エルサ」に焦点を当てていく。エルサは北欧の雪国「アレンデール」の王女であり、姉妹の長女。一見普通の女性だが、彼女には秘密がある。〈生まれつき氷の魔法が使え、その魔法の力が徐々に強くなっている〉ことだ。エルサはその力をうまくコントロールできず、そのせいで幼少期にアナを傷つけてしまったことがトラウマになっている。彼女は再び他人を傷つけることを恐れ、部屋から出ない生活を長く送ってきた。ここで、単刀直入に私の考察の一つを述べたいと思う。〈エルサの氷の魔法は何らかの障害や疾患を持っている(=マイノリティーである)ことのメタファーである〉というものである。エルサの髪の毛の色は白。人間には珍しい色である。これも〈エルサがマイノリティーである〉という表現の一つなのではないかと推測している。また、氷の魔法はエルサの感情に比例して強さを増す。言い換えると、氷の魔法は精神状態の影響を強く受けるということになる。従って、障害や疾患とは精神障害の意味合いが強い〉と言えるのではないだろうか(エルサは幼少期にアナを傷つけてしまったのが深いトラウマとなっている。また、作中にはフラッシュバックとみられる描写がある。これらを精神医学的な面から考察すると、PTSDなどのストレス障害が推測される。とはいえ、エルサの魔法は先天性のものであるので、精神障害には当てはまらないという考察もできる)。さて、序盤にこんなシーンがある。エルサが魔法によりアナを傷つけてしまったことをきっかけに、両親は彼女にこう言い聞かせる。

 

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Don’t let them in,

   Don’t let them see,

   Be the good girl you always have to be

つまり

誰も入れてはいけない

   見られてはいけない

   いつも良い娘でいるように

 

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そして、彼女はそれを厳守する。国や城の門は全て閉ざされる。もし、「氷の魔法」が「障害や疾患」のメタファーだとしたとき、このシーンは〈両親は娘に障害や疾患があること、つまりマイノリティーであることを知り、世間体を気にして娘を社会から閉じ込めた〉と解釈できないだろうか。マイノリティーであることは良くないとする両親と、そのために人に迷惑をかけまいと社会から引きこもるエルサ。結果としてそれはエルサをより苦しめる。これは、障害や疾患に理解のない家庭が陥りやすいケースである。成長した後も、エルサは魔法(=障害や疾患)を自力でコントロールできずにいるが、両親がエルサを城に閉じ込めたために、それに対する対処が何もされないまま過ごしていた(魔法で何かを凍らせないために常時手袋をしているが、それは一時的な対処に過ぎない)。そのため、意思に反してその力(=症状)は強くなる一方だ。そしてついには、それを常に抑えることに努めてきたにも関わらず、氷の魔法が露呈する日が来てしまうのである。そこで『もうどうにでもなれ!私は1人だけで生きていく』と自暴自棄になったエルサが叫ぶ歌が「Let it go = 放っておいて」なのだ

 

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苦しみは絶対に分かちあえない

一方、アナはエルサの魔法に関する記憶が一切無く、エルサのことをよく理解できない。そして、自らの魔法によりアレンデールを凍らせてしまったことを知り、ショックを受けるエルサに『頑張って!エルサならアレンデールを絶対救えるよ』と安易になだめてしまう。皆さんも〈精神障害のある方に『頑張って』は禁句〉という言葉を聞いたことがあるかもしれない。これらの人々は障害や疾患を抱えつつ生きることを既に「死ぬほど頑張っている」更に「頑張り」を要求するのは、良かれと思っても大きなプレッシャーでしかないのだ。実際にエルサはアナの励ましを受け、よりパニックに陥る。その人の苦しみは、たとえどんな手段を用いてもその人にしか分からない。アナ(=健常者・マジョリティー)とエルサ(=障害や疾患を抱える人・マイノリティー)では、見ている世界が全く違うのだ。

 

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エルサは「多様性」の象徴

後にエルサは『愛こそ魔法を抑えるヒント』と知り、魔法をコントロールできるようになる。また、アナや国民たちもエルサの魔法に理解を示し、アレンデールは平和に戻る。つまり、〈医療介入や社会資源の利用、周りの理解を得たために、障害や疾患が寛解(=完治ではないがある程度治ること)した〉のだ。エルサは障害や疾患を持ちつつもそれを受け入れ(=障害受容)、それとうまく付き合いながら生きる術を身につけたのである。ここで話は変わる。実はエルサは男性とのロマンスの描写が一切なく、結ばれることもない異端なプリンセスである。これは〈女性は必ずしも結婚しなくていい・女性の幸せは結婚だけではない〉という新たな価値観の表現とはいえないだろうか。これらのことから、エルサは〈固定概念に縛られない多様性(=ダイバーシティ)の象徴〉と言えるのである。

 

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アナを助けるのは誰?

今度はアナについて見ていこう。アナは自暴自棄になり逃亡したエルサを探す道中、「クリストフ」という心優しい青年に出会う。クリストフはアナに徐々に惹かれていき、何度かアナの手助けをする。しかし、終盤に瀕死になったアナを最終的に助け出すのはクリストフ(=男性)ではなくエルサ(=女性)なのである(アナが救われるためには『真実の愛』が必要であった。そのため、救ったのはエルサではなく『アナ自身のエルサへの愛』という考察も有力である。どちらにせよ、クリストフという「男性」に救われたわけではない)。また、アナはとある王子に騙されていたのだが、駆け寄るクリストフを押しよけ、自ら王子を殴って蹴りをつける。そう、今までのプリンセス映画に必須だった〈男性が女性を助ける・守る=女性は男性に守られる存在〉という価値観がついに打ち壊されたのだ。前作の「塔の上のラプンツェル」でも、ラプンツェル(=女性)が男性を助けるシーンがある。これらのことから、ディズニーによるポリコレの著しい進化が伺えるのである。

 

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もう、苦しめあうのはやめよう 

さて、数々のディズニー映画を考察してきたが、今までの記事の中でいくつか重複している表現がある。〈「男性」と「女性」に関する固定概念〉〈社会に渦巻くルッキズム〉〈それらを無意識下に幼少期から刷り込まれる〉という表現である。長々と考察してきたが、私はほとんどの考察たちは最後の〈幼少期からの刷り込み〉に起因するのではないかと考えている。そして、これらが人間の根本から消えない限りは、いわゆる男女平等、博愛主義には到底たどり着かないとも考えている。過剰なルッキズムジェンダーに関する固定概念は、女性のみならず男性も苦しむことになる。男なら泣くな、くよくよ悩むな、スカートを履くな、化粧をするのは男らしくない・・・。人間が人間に制限を設けたところで、そこに無理矢理押し込めたところで、何か生まれることがあるだろうか?私はもう、お互いの首を絞め合うような真似はやめにしたいのだ。そして、それを解決する方法は教育を変えることだと思っている。私は、日本の教育には「道徳」というものがあるけれど、なぜそこで「基本的人権(=人間が当たり前に持っている生きる権利)」について説かないのか疑問であるとともに、日本には「人権意識(=人権への理解など)」が非常に不足していると強く感じるのである。それを説く際は、表面的なものではいけない。なぜそれを尊重すべきなのか、尊重されることで人間はどう影響しあうのか、結果として何が起こるのか、深く深く掘り下げて教育することが重要であろう。私は、数学や英語よりも、「基本的人権」の授業の方がよっぽど大切ではないだろうか、とさえ思う。まっさらなキャンバスを持つ子供の頃からジェンダー論、人権意識、ダイバーシティ、ノーマライゼイション(=障害者でも健常者と同じ生活ができる社会を目指す考え)などを学べば、全ての苦しみの根源を撲滅できるのではないだろうか。私たちの苦しみを解放してくれるはずのものも、知る機会がなければ元も子もない。今こそ、教育のあり方を見直すべきでなのではないだろうか。

 

何かを変化させることはとても難しい。特にそれが世論や価値観となってくると、より困難であるだけでなく、気の遠くなるほど時間がかかる。しかし、だからといって諦めてしまったり、黙ってしまえば変化はわずかも起こらない。私は、未来を背負う若者として、学び、考え、気づき続けたい。そして、明日すぐには変わらなくとも、黙らずに声を挙げることからはじめていきたい。声を挙げ続けることが、小さな変化を生み、小さな変化はきっと誰かを救うことに繫がると、強く信じている。(終)

プリンセスで紐解く「女性」③

前回の記事では、「リトル・マーメイド」「美女と野獣」を考察し、未だ根付くジェンダーに関するステレオタイプや、ディズニーによる女性の描き方の変化を見てきた。今回考察するのは実写映画化されて間もない「アラジン」である。それにあたり、あらかじめ了承いただきたいことがある。前回同様この記事は長くなること、これから記述することはあくまで映画に対する考察であり、仮説であり、私の一意見に過ぎず、深く考えすぎだとも言えるということである。

 

注)歴代のディズニープリンセス

ディズニープリンセス - Wikipedia

「アラジン」

アラジン (1992年の映画) - Wikipedia

 

白人でないプリンセス

考察していくのは1992年公開「アラジン」。今回は、本作のプリンセスである「ジャスミン」に焦点を当てていく。ご存知の通り「アラジン」はイスラム圏の逸話集「アラビアン・ナイト」からの出典。彼女らの国「アグラバー」がどこかは断定されていないが、ペルシャ(=現在のイラン)がモデルではないかと言われている。従って、ジャスミンイスラム圏のプリンセスである。つまりこれは、ジャスミンはディズニー史上初の白人以外のプリンセス〉ということになる。ジャスミン以前のプリンセスは全て白人。これはディズニーが今までの「白人至上主義」を打ち破ったといっても過言ではないだろう。

 

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「強い女性」の演出

彼女のドレスを見てほしい。エメラルドグリーンの、上下が分かれた「パンツスタイル」だ。また、大きな金色のピアスを付け、切れ長の大きな目には派手な濃いメイクが施されている。更に、彼女の立ち振る舞いを見ると、腰に手を当てたり、腕を組んだり、どこか力強さを感じる。これらはスカートのドレスを綺麗に着こなし、文句を言わずに家事をこなし、お淑やかな立ち振る舞いをしていた(強いられていた)、今までのプリンセスにはなかった「勝ち気な女性」の表現である。実際に、かつてのようにプリンセスが慎ましく家事をこなすようなシーンはない(彼女が王女ということも関係しているが)。また、ジャスミンは勝ち気なだけでなくとても頑固な性格で、自分の決めたことは絶対に突き通そうとする。従って、彼女によって〈女性に意志や意見はいらない〉とされていた遥か昔の価値観も打ち壊されている。そう、「アラジン」以降、ディズニーによる女性の描き方がガラッと変化していくのだ。

 

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こんなシーンがある。ジャスミンはアグラバーの国王の娘、つまり王女であるのだが、この国には『王女は王子としか結婚することができない』という法がある。彼女は国王より『誕生日までに身を固めること』を強いられているのだが、強く反発している。それに、求婚してくる男性達はほとんどが彼女の美貌や富が目当てであり、そんな男性達に彼女は心底うんざりしている。実は、アラジンもその一人。彼は王子のフリをしてジャスミンに近くのだが、ジャスミンの美貌のみしか評価していなかったアラジンは、彼女にビシッと「冗談じゃない、女性は男性のトロフィーでない(I’m not a prize to be won!)」と言い放たれるのである(また、ジャスミンはこのセリフの前に、すっかり王子気分のアラジンと、自分を賞品扱いする男性達に対し、しかめっ面で「How dare you?」と言う。これは意訳すると「よくもまあそんなことが言えるわね」というニュアンスになる)。このシーン以外でも、意図的かどうかはなんとも言えないが、事あるごとに男性にキッパリと反論したり、強い物言いをする描写が多い。決して今までのプリンセスが嫌いなわけでない(むしろ筆者は大のディズニープリンセス好きである)し、比較して下げるつもりもないのだが、かつてのプリンセスでこんなに男性にひるむことなく刃向かう女性がいたであろうか

 

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なぜジャスミンは「強い」のか

さて、個性豊かなプリンセス達の中でも、なぜジャスミンはひときわ「勝ち気で気が強い(筆者はこの表現が苦手だがあえて使用する)」演出がなされているのだろうか。ヒントはジャスミンの国籍にある。彼女はイスラム圏の女性。イスラム圏の主な宗教であるイスラム教」は、いわゆる女性蔑視的な気質をかなり多く含んでおり、そのために理不尽に虐げられている女性の数は計り知れない。そう、この演出は〈未だ立場の弱いイスラム圏の女性のエンパワメント(=ボトムアップの考えに基づく、対象の本来持つ能力の開花)  向上のため〉と推測できるのだ。ここで、少し逸れて2019年に公開された実写版「アラジン」を振り返ってみる。この映画でのジャスミンは、男性から『女だから国王にはできない』『女に必要なのは美だけ・女の意見はいらない』などと言われ、「Speechless」という歌を叫ぶ。「Speechless」とは「黙る」という意味だが、この歌の歌詞は〈私は黙らないわ〉〈私を見くびらないでよね〉〈何世紀も前の価値観はもう終わり〉などといったフェミニズムと親和性の高いものが多い。よって、これは「黙る」というよりも「黙らないわ」という意味合いとなる。このようなフェミニズム溢れる歌をジャスミンに歌わせたのも、そんな狙いがあったのだろう。

 

ジャスミンは選ばれない

以前の記事で、1930〜50年代当時は〈女性は男性に選ばれる存在〉という価値観が存在していたのではないか、と考察した。そして、過去のプリンセス達は王子様に選ばれていたのが、80年代後半にはお互いが惹かれ合う、という表現に変化していたことが分かった。今回も考察をしてみる。ジャスミンはアラジンと出会い、魔法のじゅうたんで初めて外の世界へ旅をする。有名な「A Whole New World」のシーンだ。そして、一悶着あった後、最終的に2人は結ばれる。その時、ジャスミンはアラジンに対しこう発言する。I chose you, Aladdinつまり私はあなたを選ぶわ。そう、ついに〈女性が男性を選んだ〉のである。また、アラジンは本当は王子様でもなんでもない、貧しい一般人。一方で、ジャスミンは国の王女。この映画では、女性の方が立場が上なのだ。それに、憧れや好意を抱いたのはアラジン(=男性)の方からである。つまり、ここでかつての〈王子様を夢みて待ち続けるお姫様の素敵な恋物語〉というお決まりのパターンも打ち破られているのだ。

 

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幸せの白いウェディングドレス

ここで一旦、前前作の「リトル・マーメイド」に話を戻そうと思う。この映画のラストシーンは、〈晴れて結ばれた2人が、白いウェディングドレスと白いタキシードを着て、皆から祝福される〉というもの。2人の間には子供も生まれる。

 

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一方、「アラジン」ではどうだろうか。彼女らもラストシーンでは結婚する。ここで、ジャスミンが来ているドレスを見てほしい。結婚したあとも一貫して「パンツスタイルのドレス」を着ているのだ。実は、「リトル・マーメイド」の次作品「美女と野獣」のヒロインもウェディングドレスを着ない。それに加えて、「アラジン」「美女と野獣」には子供を授かる描写がない。つまり、90年代に入り、ディズニーは〈女性の幸せとは男性と結ばれ、白いウェディングドレスを着て、最終的には子供を授かること〉という価値観を徐々に捨てていったのではないだろうか(ただし、続編ではジャスミンが白いドレスを着ているので断言はできないし、その表現が非常に残念である)。

 

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ステレオタイプが残るシーンも

これだけ女性に関する描写の著しい変化がみられる作品であるが、未だジェンダーに関するステレオタイプが垣間見えるシーンもある。宮殿の外にアラジン(=男性)が自由を夢見ていたジャスミン(=女性)を連れ出すシーン、物語の終盤にピンチとなったジャスミンをアラジンが助け出す、というシーンである。「リトル・マーメイド」のラストシーンのように、この作品でも〈女性は男性がいないと何もできない〉〈女性が男性に救われる=女性は男性に守られる存在〉という価値観が垣間見えてしまう。また、〈王女は王子としか結婚できない〉という法は改定され、無事に彼女らは結ばれることとなったのだが、ジャスミンが強く反発していた〈王女は自身の誕生日までに婚約しなければならない〉というしきたりは未だ変えられていない。このしきたりは〈女性はなるべく早く結婚するべき〉という女性蔑視を含んでいる。男性が早く身を固めるよう強要されることはあるだろうか。

 

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以上のことから、「アラジン」は女性に関する描写がガラッと変化する分岐点であると言える。ディズニープリンセスの中でも、ジャスミンの存在はかなり異端なものかつ、特別な意味を持つものなのではないだろうか。従って、「アラジン」あたりから徐々にディズニーによるポリコレが始まっていったのではないかと推測できる。実際に、次のプリンセスである「ポカホンタス」はインディアンの女性であるし、その次のプリンセス「ムーラン」はアジア系の闘う強い女性である。

 

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次回は「アナと雪の女王」を中心に、現代における女性像や多様性、ポリコレについて更に考察していこうと思う。